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スピリチュアルの師である自然

Prayer for Humanity, mixed media collage by Claire Mack
Prayer for Humanity, mixed media collage by Claire Mack

サティシュ・クマールによる、ブッダとその息子ラーフラの想像上の対話。

翻訳・校正:林田 幸子・沓名 輝政     

 

ある夜、真夜中を過ぎて、シッダールタ王子は、寝ている若い妻と赤ん坊の息子ラーフラを置いて、宮殿から逃げました。精神性を求めて何年も経った後、彼は川のほとり、木の下に座り、生命について深く考えようと決めました。そこで、悟りを開き、ブッダになったのです。瞑想している長い夜の間に、人間、動物、森、昆虫、山、川、全てはつながりあっていて、関わりあっているのだと、そして土(大地)、風(空気)、火、水は、全ての生命に共通した源であるということに、彼は気づきました。

 この気づきのあと、ブッダは多様性の中ではっきり示される生命の統合と完全性に基づいた慈悲の教えを説きながら、インド北部の村から村、町から町へと歩きました。彼の名前と名声は遠く広く知れ渡りました。ある日、彼の母親と、10代になった息子ラーフラとその母が、無条件の慈悲心、無限の愛、全ての生き物の完全なる平等についての教えを聞きに、ブッダのもとを訪ねてやって来ました。

 ラーフラは、やっと父親に会えて喜びました。このことを父親に話し、それから数分した後、彼はブッダに大胆な質問をしました。「お父さん、人々はあなたのことを世界的な師だと言っています。どうぞ教えてください、お父さんの先生は誰なのですか?今あなたが世界中に教えを説いている素晴らしい考え方を誰が教えてくれたのですか?」

 ブッダは笑って、それから右手を上げて、指で土を触りながら、こう言いました。「自然が私の師、この土が私の先生。大地が私の先生だよ」

 「大地が何を教えてくれたのですか、お父さん」とラーフラは尋ねました。

 「大地が私に無条件の愛を教えてくれたんだよ。大地は、差別や批判をすることなく全ての生命に栄養を与え、食べ物を分けてくれているのだよ。聖職者でも罪人でも、司祭でも囚人でも、裕福でも貧しくても、人間でも動物でも、全ての生きとしいけるものは、大地から食べ物のギフトを受け取っている。大地はみんなに優しいのだ。私は、大地のように、批判や差別をすることなく全ての生き物を気にかけて優しくあろうとしているのだよ。私たちが、皆に無限の愛を無条件に与えられますように」

 「素晴らしいです、お父さん」。ラーフラはそう言うと少し考えてから、こう尋ねました。「大地から他にどんなことを学んだのですか?」

 ブッダはこう答えました。「私は大地から許しと寛大さを学んだのだよ。私たちは、土を掘り、耕し、その上を踏んで歩き、そしてそこに建物を建てている。しかしそれでも大地はいつも許してくれる。私たちが土に一つの種を蒔いたら、100倍、いや1000倍にもなってお返しをくれるのだ。素晴らしいことではないか!私は大地と同じように許し、寛大であろうとすることを学んだのだ」

 「お父さん、ありがとうございます。私も土から学び、差別も批判もなく全てを愛し、許し、寛大でいようと思います。そのお返しに、心を込めて、土の面倒をみて世話をし、敬うことにします」とラーフラは言いました。

 「君はよく理解している、ラーフラ。土は全ての生命の源だ。私たちは、人間の身体へと変化した土なのだ。私たちが食べるものは、食べ物に変化した土なのだ。土を大切にすると、土は君や全ての他のものの面倒をみてくれるだろう」とブッダは言いました。

 少しの間、ブッダとラーフラはリズミカルに呼吸をしながら黙って座っていました。仏陀の穏やかな顔には、満面の笑みが浮かんでいました。

 それから彼はラーフラに目をやり、若い息子が穏やかに座って瞑想しているのを見て喜びました。そしてこう言いました。「ラーフラ、私たちが呼吸している空気もまた、私の先生なのだよ。大地のように、空気は差別や批判することなく全ての生命を支えてくれている。私は空気から平静さを学んだ。空気は、永遠に果てしなく無限に豊かなのだ。それは、生き生きと活気に満ちていて、決して静止せず、不変ではない。常に動いているのだ。常に変化していて、しかしいつも今ここにある。私は自分の考えに固執せず独善的でないように、空気から教わってきたのだ。」

 ラーフラは、注意深く聞いていました、そしてこう言いました。「お父さん、わかりました。私はこれまで空気についてこのように考えたことはありませんでした。息ができることは当たり前だと思っていました。しかしまさにその通りです。私は数分間さえも空気がなくては生きてはいけません。鼻や口を通して呼吸しているだけではありません。身体全体を通して呼吸しています。たとえ空気は目に見えなくて、果てしなく計り知れないものだとしても、それこそ生命そのものです」

 ブッダは答えました。「そうだからこそ、全ての生き物がきれいな空気を吸うことができるように、私たちは空気を清潔な状態に保ち、不純物を空気中に放出してはいけないのだよ」

 またしばらくの沈黙が続きました。ラーフラとブッダは、息を吸ったり吐いたりすることに深く意識を向けながら、呼吸をしていました。

 ブッダは、ラーフラがとてもよく聴いてくれていることがわかって、再び微笑みました。そしてこう言いました、「私たちが大地や空気の慈悲に気づくと、火に対しても敬意を払いたくなる。太陽は、火や無限の光の源。太陽の助けとともに、土と空気は地球上の生命を保持している。太陽は、差別や批判をすることなく、全ての存在を支えて活力を取り戻してくれるのだが、それでも全ての生き物は自分のやり方で自分の生命を自由に生きているのだよ。太陽は、気にかけてくれているが支配はしていない。火は、エネルギーであり、光なのだ。火は浄化してくれるもの。火は全ての人間が平等に温かく穏やかでいられるようにしてくれる。火は誰もが食べ物をより食べやすく調理できるようにしてくれる。私たちの体温は、私たちの中にある火なのだ。火が私たちの中にある限り、私たちは生きている。火がなくなってしまうと、私たちもいなくなってしまう!だから、平等に無条件に私たちを支えながら、内なる火もそうでない火も、至る所にある火が、私たちに光と生命を与えてくれているのだよ」

 ラーフラは、悟りを開いた父親が話してくれた火についての温かい言葉に、心を奪われました。愛の灯火が心の中につき、こう言いました。「火に対する考え方を聴いて、魅了されました。あなたは、私のお父さんであり先生です。あなたの教えに従っていきたいです。火のように、みんなに平等に接し、私自身や同胞の中にある無知の闇を払拭することができますように」

 当然どんな父親でもそうであるように、ブッダもラーフラが自然界の要素について瞑想することの密接なつながりを認め、物理的な現象の中に精神性の意味を見出そうとしているのを見て、喜びました。

 ブッダとラーフラは、再び数分間沈黙の中で座っていました。目を開けたまま、お互い見つめ合い、微笑み合いながら。

 それからブッダは続けました。「ラーフラ、地、風(空気)、火が、水によって完全なるものになるということを覚えておきなさい。水は同時に柔らかくて強い。水は神聖で、崇敬されるに相応しいものだ。全ての自然がそうであるのだ。水は、区別や分離、差別なく、全ての人の渇きをいやしてくれる。水は決して『善人だけの渇きをいやす』とは言わない。息子よ、水のようになりなさい。どんな人であろうとも、全ての人の愛のために渇きをいやしなさい。愛のモンスーンになりなさい。善悪を超え、正邪を超えていきなさい。そう、水になりなさい、ラーフラ。そして水のように流れて、どこにいようとも、生命のある全てのものに手を差し伸べなさい」

 この力が込められた言葉に、ラーフラの心は最も深く動かされました。彼は父親が言ったことの意味を振り返りながら、長い息をしました。そしてこう答えました。「はい、私は水であり、火であり、空気であり、土のようになります」

 「君はすでに水であり、火であり、風(空気)であり、土(大地)だということを付け加えておこう。こういった要素になる必要はないのだ。君はそれらの化身だ。この真実に気づいた瞬間、自分の真の本質を思い出し、それから目覚め、真の自分を悟っていくのだ」とブッダは言いました。

 ひと呼吸したあと、ブッダはこう続けました。「あらゆる種類の生き物、人間、動物、植物、昆虫は、この4つの要素でできている。だから、私たちは全て、人間もその他の種もみんなこの基本の要素の同じ家族に属しているのだ。この生命の統合は何百万もの形で表されているが、全ての種における共通性や類似性には、驚くべきものがある」

 ブッダの面前では、発言のあとに常に静けさが訪れました。だから当然ながら、静かで穏やかな雰囲気でした。

 しかしラーフラの探究心は、止まりませんでした。とても謙虚に、こう尋ねました。「お父さん、さらに質問があります。4つの要素という点で、人間、動物、そして他の全ての種に共通点があることについて話してくれました。その他に共通点はあるのでしょうか?」

 ブッダは一呼吸おいて、こう言いました。「あるとも。まずは、もちろん食べ物だ!全ての種は生きるために食べる。それから全ての生き物は元気を回復して活力を取り戻すために、寝て休まなければならない。私たちが知る限りでは、全ての生き物は痛みを感じたり、痛みに対する恐れを持っている。そして最後には、子孫を残す。だから、飢え、睡眠、繁殖、痛みへの恐怖は、いずれにしても、全ての種において共通の4つの特徴なのだ」

 「でも他の生命と人間を区別するものはないのですか?」とラーフラは尋ねました。

 ブッダはラーフラの質問について考えながら、呼吸に意識を向けていました。彼は3回息を吸って吐きました。彼は微笑んでリラックスしていました。彼は急いでラーフラからの質問に答えなければとは感じていませんでした。ラーフラも辛抱強く待っていました。

 それからブッダは話しました。「他の生き物と人間が違う1つのことは、分別したり分断したりする力があることだ。人間は全体から部分へと区別し、そして優劣をつけようとする習性がある。善悪、正邪、黒白、高低、人間と自然、あなたのものと私のもの、などといったように。人々は、こういった明らかな対比は1つの普遍的に実存する現実の中の2つの側面だということを理解してないように思われる。人間は宇宙そのものを、宇宙が進化し新たに出現していることを受け入れてないようだ。初めに、分離のほうに目がむき、管理したり支配したりしたがるようだ。これが、人間世界以上のものと人間が異なっていることなのだ。これまで見てきたように、大地、空気、火、水は、分離しないし区別しない。判断はしないのだ。支配することなく平等に全ての生命に栄養を与え、生命そのものを全て受け入れているのだよ。自然の法則は、愛の法則に深く根付いている。そういうわけで私は自然をスピリチュアルガイドと考えているのだよ」

 ラーフラはこの自然についての話をゆっくりと味わっていました。しかし人間の苦境が心配にもなりました。彼はブッダが説明してくれたことを飲み込もうとしながら、しばらく待っていました。大きく息をして、そして尋ねました。「人間がこの二元論、差別や分断を超えていく方法はあるのですか?」

 ブッダは答えました。「それはあるとも。人類の歴史を通して、賢明な人々は分裂や不調和を超えていく方法を見つけてきたのだ。彼らは、仏教の法やその道に従うこと、平静さを保つことの重要性を強調してきた。私たちが喜びと痛み、利益と損失、成功と失敗、善と悪、そして全ての相反するものを、超脱と平静さで受け入れる手助けをするように、技術や教え、方法、瞑想があるのだ。人間は愛することができるようになるのだ。何であっても、どこにどのようにあっても、そのものを受け入れることができるようになるのだ。人生の過程で、観察者にも目撃者にも参加者にもなることができるようになる。また、思いやりのある観察や愛のある行動で、私たちは、それとなく人生の変容と同時に意識の変容を促すことができるのだよ」

 ラーフラは驚きました。精神性についての父親の話に感動しました。自分の頭で土に触れ、大地に頭を下げて、つぶやきました。「ありがとうございます、母なる大地。ありがとうございます、母なる自然」

 それからラーフラはブッダを見ました、ブッダもラーフラを見ました。2人は、喜びと満足感の中で目が合いました。ラーフラは言いました。「ありがとうございます、最愛のお父さん。私はあなたとあなたの教えに感謝いたします」

 ブッダは、ラーフラの中にいる神を右手で、自分の中にいる神を左手で表しながら、その両手を合わせることで応えました。そして、その両方の手は慈悲の心で合わさっているのでした。 

 

サティシュ・クマールは『The Buddha and the Terrorist, Pilgrimage for Peace』他の著者。こちらで入手可能。www.resurgence.org/shop